クリニック承継はじめて物語 前編
『案件概要書になります』
初めてのweb面談なのに、開始5秒でクリニック名、3期分のPL、クリニック内の写真等々がジャルジャル後藤似の『M&Aコンサルタント』により画面に晒された
私ことまき先生はクリニック承継を思いたった
開業医が増えている今、いわゆる落花傘開業をしてレッドオーシャンに身を投じるよりも、もともとうまくいっているクリニックを承継してリスクを減らしたほうがよいと思ったのだ
「先方の売却理由は?」と問うと
『存じません 聞いておきます』
「雇われ院長の先生はこの事はご存知なのですか?」
『おそらくご存知ないと思います』
「売り主の理事長先生とコンタクトしていないのですか?」
『はい お会いしたことはありません 先方様のコンサルタントを通して聞いてみます』
これが弟の言っていた壁2つかーとため息をついた
壁とは、コンサルタントと名乗る人達のことである
壁の数が多いほど情報伝達は滞り、彼らに払うフィーが足枷となり譲渡額も高くなるというのが、コンサル業界に身を置いている弟の説明だった
ジャルジャル後藤似は、NDAも結ばずに案件概要書を突然出してくるヤバいやつなので先が思いやられる
それにそもそも譲渡理由ぐらいは聞かれるに決まっているのだから、あらかじめ聞いておくものだろう
「バカの壁」である
これまで市中病院の勤務医として、医局に入ってから十数年の間手術手技の向上に励んできた
これまでは開業なんて考えたこともなかったが…
病院の幹部から、地域の医師会の開業医相手の講演を頼まれることがある
講演後の飲み会で彼らと接していると皆幸せそうである
『センセは話も上手いし、飲み会でもオレらジジイに気遣いできるから開業向けだよ』
なんておだててくる
そういえば、バイト当直の相棒だった外科医の「ふなっしー」も海外留学から帰ってきた途端に都心部で開業したようだ
移植医療を学びに行くなんて言っておいて最初から興味なかったのに違いない
当直中の夜中3時、やっと作りあげた3ヶ月分の外科系当直表と正月当直決めあみだくじを握りしめながら、
「このクリニック承継につき問い合わせる」のボタンをクリックした
弟のアドバイスに従い、2度目のweb面談では、売り手のM&A会社のコンサルタントを引きずりだした
『実は案件概要書には書いてなかったんですが、理事長先生の片腕というべき職員さんが1人おりましてー 柔道整復師の方です 採用や職員同士の揉め事解決もしてくださっているようです』
と売り手M&A会社の錦鯉ワタナベ似。
聞いていない…
年収500万の職員が1人いるかいないかというのは、小規模クリニックでは大きなトピックである。
ただでさえ高い人件費を切り詰めないと、今後利益が出せない…
『医療法人譲渡ではありませんが、全員の雇用継続を希望されています そのかわりに譲渡額を1000万円ぐらい値切っちゃってくださいー』
という、錦鯉ワタナベ似のベテラン営業の声は心に響かなった
1時間のweb面談だったが、ジャルジャル後藤の発言は『明後日よろしくお願いします』の一言だけだった
売り手の理事長との面談は明後日にせまっていた
クリニック承継を目指す時、まずはそのクリニックの周囲を偵察するのが定番らしい
売り手理事長との面接日前日に急遽午後半休をとった
初めて乗る私鉄の駅を降り、商店街を抜けると大通りが見えてくる
交差点の角に『〇〇クリニック』という青い看板がみえた
しかしまだ午後の営業時間ではない
クリニックの周囲をぐるぐる回り、近隣の同じ標榜科のクリニックまで足を伸ばして、中を覗き込んだりした
蕎麦屋の店員に〇〇クリニックの評判を聞いたが、『老人がたくさん入っていくね 若い人が入るのはあんまりみないな』という当たり前の情報しか得られなかった
クリニックは1階にありガラス張りなので中が丸見えである
「マスク着用してください」などの手書きの貼り紙が多く、お世辞にも綺麗とはいえない
前を通ると受付の事務女性がにらんできた
午後営業開始時には、数人の高齢女性が待合室にいるのみであった
若い柔道整復師とおぼしき職員数名が暇を持て余して談笑しているのがみえた
続
クリニック承継はじめて物語 前編
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